丸井(マルイ)とクレジットカード

 

吉祥寺駅の公園口で降りて、バス乗り場に向かって歩くと、井の頭通りに面して大きな丸井の建物があります。

以前、丸井の吉祥寺店はもう少し西側にありました。今でもそのときの建物は残っていて、ドン・キホーテになっています。

丸井のルーツを調べてみると、昭和6年に暖簾分けで創業した会社が最初になっていて、昭和10年に丸井に商号を変更しました。やはり、かなりの歴史を持った会社ということになります。

そして、歴史の中でもっとも目の付け所が素晴らしいと思うのは、1960年に日本で初めてクレジットカードという名称を用いた「赤いカード」を発行したことです。経営上は物を売ること以上に金融業を重視しているとWikipediaでは紹介されています。当時は口座振替といった便利な仕組みがなかったので、集金員がお金を集めるか、もしくは店頭の窓口でお金を返却していたそうです。

丸井の赤いカードは丸井グループと丸井店舗周辺の加盟店のみで扱えるカードでした。しかし、その後はいろいろなクレジットカードが登場して、丸井でしか使うことができないカードは見劣りがしたためなのでしょう。1990年代にDCカードまたはJCBカードと提携した「エムワンカード」を発行しました。

2001年にはクレディセゾンとの提携で「赤いカード・セゾン」を発行、そして2006年にエポスカードという新ブランドとして生まれ変わっています。VISA付帯で汎用性の高いICクレジットカードです。

エポスカードは店頭に出向けば短時間で作ることができるメリットもあるようです。

また、百貨店というと時代の波に乗れずに倒産してしまった会社も多いと思うのですが、丸井は常に変革をしながら時代を作ってきたということができます。今ではファッションビルなどの商業施設を展開しています。さらに、コマーシャルも以前から積極的に放映しています。「駅のそばの丸井」とか「赤いカードの丸井」といった宣伝文句が使われていました。

吉祥寺の丸井もリニューアルを実施して、無印良品やseriaが出店していて、時代時代に合わせた魅力的な店舗になるよう工夫されています。若者がターゲットではありますが、いろいろな世代のお客さんが集まる場所です。

【2019/09/03追記】

丸井はファッション衣料とクレジットカードでの販売で成長しましたが、バブルの崩壊や貸金業法改正により経営不振に陥りました。しかし、三代目の青井社長の時期に再生への道筋をつけたのだということです。

同じ考えを持ったおじさんだけで会議をしても斬新な発想は出てこないので、2013年ごろからは必ず女性や若い人を混ぜるというルールを決めたそうです。2007年ごろから始めた本社や店内の会議室でお客様を招いた懇談会を始めたりといった施策も相まって、新しい価値をお客様と一緒に作る共創の関係を目指しているというのも面白いと思いました。

2013年からは職種変更制度を設けて、小売のほか、クレジットカード、システム開発、物流などの部門で人事交流を実施し、発想力のある社員を育成する取り組みを実施しているというのも良いと思います。現在では社員の52%が会社をまたいだ異動の経験があるそうです。

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