杉並区桃井原っぱ公園の歴史が興味深い

旅行・ドライブ

杉並区の青梅街道沿いに警視庁荻久保警察署があります。その警察署の北側、かなり広大な敷地に杉並区桃井原っぱ公園があります。面積は4ヘクタール、杉並区の公園としては2番目に広い場所です。よく、練馬インターから目白通り、環状八号線ととおって、原っぱ公園の横を通る杉並登記所通りを車で走ることがあります。なぜ、こんなところにこんなに広い公園があるのかが気になったので歴史を調べてみました。

実はこちらの敷地は1925年に中島飛行機の東京工場(その後、東京製作所に改称)が作られた場所だそうです。東京都豊多摩郡井荻町という当時の住所からもわかるように、当時はこの周辺は容易に大きな土地を準備できる時代だったのでしょう。

その後、中島飛行機は北多摩郡武蔵野町西窪に武蔵野製作所を開設しています。こちらは現在はNTT武蔵野開発センターや都営武蔵野緑町二丁目アパートとなっています。

さらには1944年に東京都北多摩郡三鷹町に三鷹研究所を開設しました。こちらは現在は国際基督教大学や野川公園になっています。野川公園は国際基督教大学のゴルフ場だったこともあり、今でも衛星写真を見るとゴルフ場そっくりの形状をしていることが判ります。

中島飛行機は1945年4月に事実上の国営化がされていましたが、1945年の8月16日、敗戦による全工場返還、社名を富士産業株式会社に改称、11月には占領軍から財閥会社として解体を命じられて1950年に解散しました。

中島飛行機が解体してできた12社のうち、

現在でも残っている会社は以下の通りです。

SUBARU
THKリズム
富士機械
輸送機工業
マキタ
GKNドライブライントルクテクノロジー
イワフジ工業

この中で、桃井原っぱ公園のある場所にあった中島飛行機東京製作所は解散後は富士精密工業となり、その後、プリンス自動車工業と合併、さらにその後は日産自動車と合併しました。

したがって、東京製作所の跡地はプリンス自動車工業や、その後は日産自動車がありました。1981年までは自動車開発が行われており、1998年までは宇宙開発事業が行われていたそうです。したがって、桃井三丁目交差点近くには「ロケット発祥の地・記念碑」があります。

今でも日産プリンス○○販売というディーラーが各所にありますが、このプリンスはプリンス自動車工業から引き継がれているのでしょう。今となっては、プリンス自動車でどういう車を作っていたのか、あまり馴染みがなかったのですが、調べてみると、スカイライン、グロリアといった車種を開発、販売していたようです。

日産自動車荻窪工場は1998年に群馬県富岡市に移転しました。1999年に日産リバイバルプランが発表されて荻窪工場跡地も売却の対象とされました。そして、2001年には都市基盤整備公団に譲渡されて2011年に桃井原っぱ公園が開園しました。

工場跡地には桃井原っぱ公園のほかに、都市再生機構の賃貸マンションであるプロムナード荻窪、民間の賃貸マンションであるロイヤルパークス荻窪、In the park 荻窪、スーパーマーケットのクイーンズ伊勢丹、老人介護施設のシーダウォーク、桃井保育園、日産プリンス東京販売荻窪店があります。

戦前から数奇な運命を歩んできた場所ではありますが、現在では地域の住人に愛される公園となって、本当に良かったのではないかと思います。

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