荻窪に新星堂があった頃

映画・音楽

新星堂では1980年代くらいにLPレコードをよく購入していました。私が利用していたのは、吉祥寺のステーションセンター「ロンロン」と呼ばれていた頃の二階、一番改札口寄りに大きな店舗がありました。私が購入していたのは、ニューミュージック系のアルバムが多くて、発売日よりも前に予約して購入すると、大きなポスターなどが貰える特典が当時はありました。

新星堂のスタンプカードというものもあって、いくらかで一個のスタンプがもらえて、スタンプがいっぱいになると、2500円相当くらいの価値になったと記憶しています。もしも当時のポスターや帯付きのLPレコードをそのままの姿で保存できていれば、今となってはかなりの価値が出ていたのではないかと悔やまれます。

現在はロンロンはアトレと名を変えました。今でも二階の少し三鷹駅寄りに、かなり店舗は小さくなってしまいましたが新星堂の店舗が残っています。横を通ると、昔のことが懐かしく思い出されます。

当時、新星堂の本社は荻窪にありました。昭和24年に高円寺で創業した後、昭和39年に株式会社新星堂となって、昭和49年には荻窪駅近くの杉並公会堂隣接地に新星堂の本社ビルがありました。あの当時が一番、新星堂が輝いていた時期だったのだと思います。

荻窪の本社ビルの一階と二階はレコードショップがありました。確か、河合奈保子のレコードを買うと握手券をもらうことができるというキャンペーンがあって、友人に誘われてレコードを購入し、握手をしたことを覚えています。

調べてみると、1980年代にはこのようなイベントが多く実施されていたようです。

その新星堂の本社も2013年には茨城県つくば市に移転してしまい、跡地はマンションになってしまいました。新星堂自体もワンダーコーポレーションに買収されてしまいました。そのワンダーコーポレーションも今となってはライザップ傘下の会社になっています。

やはり新星堂の会社経営が厳しくなってしまった大きな原因は、レコードがコンパクトディスクになって、そのあと、インターネットによる配信に技術が進化していったことが挙げられるでしょう。インターネット配信でコンテンツを購入した際、儲かるのはアップルやHuluなどのコンテンツを配信している事業者になってしまい、新星堂のようなお店の売り上げは減っていってしまいます。

富士写真フィルムは株式会社は銀塩フィルムからデジタルカメラに主流が変遷した際に化学合成などの技術を応用して液晶ディスプレイの材料や医療、医薬品、機能性化粧品、サプリメントなどへ事業展開して事業を発展させています。新星堂はこのような展開が難しかったのかもしれません。

今後も技術が目まぐるしく進化、変化する時代においては、企業も大きく形を変えていかないと生き残りが難しくなります。荻窪で新星堂があった跡地を見ると、そんなことが頭をよぎるようになりました。

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