東京を走ったトロリーバス

散歩の達人を待ち合わせのロビーで読んでいると、昭和27年から昭和43年まで東京でもトロリーバスが走っていたことが紹介されていました。こちらでも貴重な写真が公開されています。

都営トロリーバス101系統

バスから長いトロリーが突き出ているのがとても特徴的です。

戦後の燃料不足の時代を切り抜けて、線路の敷設の必要がなく建設コストが安いトロリーバスが選択されたそうです。全線複線で直流600Vの電圧で走っていました。

路線は上野公園から小松川の先の今井までの区間です。(Wikipediaによれば、ほかに亀戸-池袋-新宿-渋谷-品川という路線もあったようです)

今でもほぼ同じ路線を上野公園-亀戸駅、亀戸駅-今井の2つの路線が結んでいます。

踏切を横断する際は、トロリーが電車の架線と接触すると大変なことになるので、踏切の手前でトロリーを下ろして補助のディーゼルエンジンを駆動して踏切を渡ったということですので、運行に伴う手間は大変だったものと思います。

こちらのブログでは、トロリーバスの遺構である電柱の写真が掲載されていました。

豊島区(現代)~トロリーバスの遺構? - 東京 DOWNTOWN STREET 1980's
さて、80年代写真を出し終えて、何をするかなと思ったら、このことをまだどこにも書いていなかったことを思いだした。そもそものきっかけはこれ。神田万世橋橋畔にあった都電の架線柱である。この架線柱は丁度、旧万世橋駅の行き止まりの高架のところで、歩道とその間に微妙な空白地帯があり、戦後のゴタゴタした時期からなのか分からないが、...

戦後、路面電車(都電)は非常に路線網を広げていき、昭和30年代には最盛期を迎えます。営業キロは213kmにも達していたそうです。しかしトロリーバスの路線は特に拡充されることはありませんでした。

しかし、東京都交通局の経営が非常に厳しくなったことや、マイカーの普及で道路事情が悪くなったことから都電とトロリーバスは、地下鉄や都営バスに置き換えられることになりました。都電は線路を敷かれたところのみ、トロリーバスについては架線の下しか走ることができないため、交通量が増えた道路での走行に適応できませんでした。また、電気を供給するための変電所の維持コストも重くのしかかっていたそうです。

現在、都電については荒川線を残すのみで、東京都のトロリーバスについては現存しません。

今後、電気で走るバスが普及して行ったとしても、トロリーバスが復活することは難しいでしょう。バッテリーの技術が進歩したことにより、外部から電気を供給し続けなくても充電した電気だけで、ある程度の距離をバスを運転できる日も近いのではないかと思います。例えば、立山黒部アルペンルートの関電バスが運行しているトロリーバスは電気バスに代替されました。

トロリーバスは気になる乗り物ではありますが、日本で残っているのは立山黒部アルペンルートの立山黒部観光が運行する区間のみとなります。今のうち、乗っておいた方が良いかもしれません。

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